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岡山地方裁判所 昭和63年(ワ)728号 判決 1994年4月28日

岡山県<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

河田英正

秋山義信

東京都渋谷区<以下省略>

被告

第一商品株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

福原道雄

主文

被告は、原告に対し、金一九七四万八二〇〇円及びこれに対する昭和六二年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

第一申立

一  原告

主文第一、二項と同旨

仮執行宣言

二  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二主張

一  請求原因

1  不法行為

被告は、商品取引員であるが、原告が長年会社勤務をした後退職し、その退職金や会社の持ち株を老後の生活の主要な糧とする者であることを知りながら、なけなしの右資産を失いかねない大きなリスクの存在を伏せ、安全性、有利性を強調するなど虚言を弄して、投機性の強い先物取引に参入させ、原告が先物取引について経験もなく全く無知であることをよいことに、原告から多額の手数料等を取得するために、商品取引所法、同施行規則、受託契約準則、商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項等の禁止事項等に反し、事実上一任売買ないしは無断売買を行い、いわゆるコロガシ、両建て玉、利乗せ売買、仕切許否、無断手仕舞等客である原告に損害を与えるだけの俗にいう「客殺し」の手法を駆使するなどして原告を欺き、取引を継続させ、次々と金銭を拠出させて、その資産を喪失させたもので、右一連の行為は不法行為を構成する。

2  損害

(一) 拠出金 一五九四万八二〇〇円

原告は、前項の被告の不法行為により、次のとおり先物取引のため金銭を拠出し、差引合計一五九四万八二〇〇円の財産的損害を被った。

昭和六〇年一一月一九日 一三万五〇〇〇円

同二八日 二七万円

昭和六一年二月二五日 △二八万二六〇〇円(返却分)

同二八日 三七五万八八〇〇円

同四月二三日 三〇〇万円

同五月七日 二五〇万円

同二三日 九〇万円

同六月九日 二六〇万円

同八月一五日 三〇六万七〇〇〇円

(二) 慰謝料 二〇〇万円

3  弁護士費用 一八〇万円

4  結論

よって、原告は、被告に対し、損害及び弁護士費用合計金一九七四万八二〇〇円及びこれに対する不法行為の後である昭和六二年一月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1のうち、被告が商品取引員であることは認めるが、その余は争う。

請求原因2(一)のうち、原告が主張の金銭を先物取引のため拠出したことは認めるが、その余は争う。

請求原因2(二)、3は争う。

原告は、先物取引の仕組み、方法、危険性等を十分に研究し、自己の判断に基づいて、被告に対し、取引の委託を行ったものであり、被告が原告を欺いた事実はない。

第三証拠

本件記録中の証拠に関する目録のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  不法行為

請求原因1のうち、被告が商品取引員であることは当事者間に争いがない。

甲第一ないし第二四号証、乙第一ないし第八〇号証、第八三号証、第八七ないし第二一六号証(枝番を含む)、証人B及び同Cの各証言(各一部)、原告本人尋問の結果、調査嘱託の結果、乙第八一、第八二号証、第八四ないし第八六号証、第二一七、第二一八号証の各存在並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

原告(昭和○年○月○日生)は、現在のa株式会社に昭和二二年入社し、長年岡山県<以下省略>の発電所変電所施設で機械の運転保守管理等の職務に携わり、昭和六一年○月に定年を迎えた者であるが、この間、在職中に貯蓄に励み自宅を構え、また、月々僅かずつ積み立てて右会社の自社株を購入して老後の備えにするなど、地道な生活設計を旨とし、これといった経済知識も資金能力もなく株取引や先物取引には全く縁のない生活を送り、退職後は、一時右会社の特別職員再雇用により勤めは継続するものの、基本的には右会社から受ける退職金一七〇〇万円余や従来からの蓄えにより主として生計を維持する予定をしていた。

原告は、昭和六〇年一一月上旬頃「金価格はどうなる?」などと記載した被告会社の新聞広告を見て、今後の資産運用の一環として金を所持することを思い立ち、被告会社に資料請求をしたところ、同月中旬頃被告会社広島支店の従業員D及びBが原告宅を訪れ、一時間半ほど話し込み、「金は今が底値だ。今買えば儲かる。損はさせない。いつでも売買できる」などと、投機の危険性に格別触れることなく金の先物取引を勧誘した。その際、原告は、まもなく定年を迎え退職金を得て老後のささやかな資産運用のため金の現物を所持しようとしたにすぎないため、Dらの先物取引の説明にはあまり関心が無かったが、被告会社を通じて金の現物を買うと一般の貴金属商よりも手数料が安いなどとの同人らの説明から、被告会社に金の現物購入を依頼する気になり、金一枚(一キログラム)の購入を依頼した。これに対し、Dらは、原告が退職金等により今後生計を維持してゆく予定の老人で、商品取引所の受託業務に関する取引所指示事項にいう取引参入不適格者である疑いがあり、その意思も金の現物を購入するだけで、先物取引について全く無知であり、説明しても十分理解できていないことを認識しながら、原告に対し、金の現物を購入するための書類と称して、金の先物取引を開始するについての承諾書等(乙第七、第八号証)に署名捺印を求め、原告は、その内容について理解が及ばず、先物取引が開始されるものとの意識は全くなく、単に金の購入のための書面との認識の下にこれに応じ、同月一九日、Dから「金一枚購入のための手付金のようなもの」との説明を鵜呑みにして、手付金との理解の下に金一三万五〇〇〇円を被告会社に払い込み、他方、被告会社はこれを先物取引の委託証拠金として受け入れ、別表一の番号1の買の処理をした。

同月下旬頃、原告は、再びDから金の値が上がるから取引しないかなどと持ちかけられ、一枚は現物を購入して現に所持する意思で、もう一枚は購入することにしておいて他に転売すればよいとの程度の意思で、金二枚の買付を依頼し、同様手付金の趣旨と解して二七万円を払い込み、これを受けて、被告会社は、別表一の番号2、3の買の処理をした。

同年一二月になると、原告は金の価格が上昇していることを知り、Dらが「いつでも売買できる」といっていたことから売ろうと考え、同人に電話で「売ってほしい」旨連絡したところ、同人は「一枚は売れるけれども、二枚はあんたが現物を買うといっていたのだから売れない」などと返答して仕切りを拒否したが、昭和六一年一月になり、別表一の番号3についてのみ売の処理をし、これにより一八万二四〇〇円の利益が生じた。その頃、原告は、Dからすすめられるままに別表一の4の買の処理に応じた。

その後、原告は、自分がDの勧めに応じて当初考えてもいなかった先物取引に手を染めていることにようやく理解が及んで不安になり、別表一の番号1、2の金の現物を受領した後に被告会社との取引を打ち切ろうと考えるようになり、その旨Dに告げたところ、同年二月中旬頃、Dとその上司で被告会社広島支店長であるCが、原告宅を訪れ、実際は鑑定料等必要ないのに、「金の現物を渡すことになれば、相当の鑑定料がいる」などと虚偽の事実を告げ、また、「今取引を止めるなら、損が出ており、追証として五七万円を払ってもらわなければならない」などとも告げ、これに対し、原告が「話が違うではないか」などと怒り出すわけでもなく、多額の損失に愕然とし狼狽困惑するばかりであるのに乗じ、「損を取り戻してあげましょう」などと取引の継続を持ちかけ、原告の手持ちの株を処分して資金とするよう勧め、結局、原告は、Cらに損を取り戻して貰いたい一心でこれに応じた。なお、別表一の番号3の取引による利益金については、後日の取引の資金に充当することで、双方了解した。

それから後は、Cが専ら原告を担当するようになり、同月下旬には、原告がそのa株式会社の持ち株三九〇〇株を処分した代金三七五万八八〇〇円の払込みを受け(その際、Cは、右金銭の受入れに関し、社内的には当初株式の預託を受け、後にこれを換金したかのような処理をし、それに絡んで、原告が預託した株式の流用に同意した趣旨の記名捺印入りの文書(乙第八一号証)を偽造した。<なお、右乙号証の成立について、原告代理人は認める趣旨の認否をしているが、原告がその本人尋問の結果においてこれを否認していること、右乙号証の「E」の印影はCがその証言において偽造を自認している後掲の乙第二一七号証の印影と同一であることに照らすと、乙第八一号証は偽造文書と認められる>)、また、Cは、別表一の番号1、2の取引に関して現受扱いとなった金地金倉荷証券を原告に引き渡さず、社内的には原告が現受した金地金倉荷証券を被告会社に預託したかのような処理をし、それに絡んで、原告が預託した倉荷証券の流用に同意した趣旨の記名捺印入りの文書(乙第八二号証)を偽造し<なお、右乙号証の認否及び偽造と認定した理由は乙第八一号証の際の説示と同様>、後にこれを被告会社が時価で買い取り換金したとの処理をしたが、これについては、原告に全く告げておらず、原告は、別表一の番号1、2の現受すべき金の行く末を知らない状態で、Cの言うままに取引を継続することになった。

Cは、その後の取引に関しては、原告に一応の電話を入れ、相場の説明はするものの、原告にはそれを理解する能力がなく、また、優柔不断で煮えきらない性格のうえに気が弱く、Cの言いなりになるのをよいことに、通常原告に何ら利益をもたらさない筈の短日時の間における頻繁な建て落ち、両建て玉、利乗せ売買等を言葉巧みに慫慂し、次々と別表一の番号5以下、別表二ないし四の取引を継続させ、これにより、原告は千数百万円の取引損を出したこととなった。

この間、Cは、委託証拠金が不足すると、原告に対して「損を取り返そう」などと言い、また、昭和六一年五月頃には一人五〇枚以下の取引規制を潜脱するため原告の妻F名義での仮名取引(商品取引員の受託業務に関する取引指示事項に違反する)を勧めるなどし、なんとか損を取り戻したいと焦る原告に取引の更なる拡大を促し、多額の損失に狼狽し焦燥の極にあった原告は、冷静な判断ができないまま金銭の拠出に応じていった。なお、右F名義でのいわゆる仮名取引については、被告会社の本社がこれに気づいたが、これを制止改善させるわけでもなく、逆に、Cに対し、後日のトラブルを避けるべく原告本人の念書を取っておくように指示したため、Cは、「F名義の取引は私の取引です」と記載し、原告の記名捺印のある文書(乙第二一七号証)を偽造してこれを本社に提出した。

以上のとおり認められ、証人B及び同Cの各証言中右認定に反する部分は信用できず、他に右認定を左右する証拠はない。

右認定事実によれば、請求原因1のうち、前記争いのない事実以外の事実も、これを認めることができる。

二  損害

1  拠出金

請求原因2(一)のうち、原告が主張の金銭を先物取引のため拠出したことは当事者間に争いがなく、前記一認定の事実によれば、請求原因2(一)のその余の事実が認められる。

2  慰謝料

前記一認定の事実からすると、被告会社の従業員らは、故意に原告を全く無知な先物取引にいわば引きずり込み、専門的手法を駆使した巧妙な手口でいわゆるド素人の原告を翻弄して多額の金銭を拠出させ、長期にわたる不安と焦燥の生活に陥れたものであるから、原告の精神的苦痛は甚大なものがあり、その慰謝料は二〇〇万円を下らないものというべきである。

三  弁護士費用

本訴の内容、審理の経過、認容額等を総合考慮すると、弁護士費用は一八〇万円と認めるのが相当である。

四  結論

以上によれば、原告の請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 矢延正平)

<以下省略>

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